maaさん

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叶えるコツ

願いを叶えるコツは、信じること。そうなると信じることである。ただ、これは難しい。いつ叶うのかな。進み具合はどうなのかな。願いは届いているのかな。などなど進捗状況を確認したくなる。なぜなら、自分が把握している以外で願いが叶うプロセスがどうやって進んでいるかわからないからである。そんなときは、ネットショッピングを思い出しましょう。ポチっと注文し、承りましたとお返事が来たらあとは、手元に届くのを待つだけですよね。あんな感じです。注文したあとに、注文、届いていますかとか、本当に届きますかとか何度も電話して確かめませんよね。それと同じです。頼んだら、あとは楽しみにしながら待つだけです。とは言いながら、これが苦手で・・・ただ今、実験しながら練習中です(^^♪それから、願いは、はっきりと遠慮せずに出すこと。こうなったら嬉しいんだけれどとかではなく私は、こうなりました、どこそこに行きましたなどと過去形で。ファミレスで、注文を取りに行ったらおいしいものをお願いしますとか温かい食べ物を下さいとか言われても困りませんか。魚も肉もパスタもおいしいものはたくさんあるし、味付けだってたくさんある。温かいのは、うどんもラーメンもスープもある。デザートだっておいしいし。おいしいものをお出ししたいけれど相手が何を欲しているのか分からないのでどれを何をどのくらい持ってってよいかわからないし出せない。だから、はっきりと欲しいものを注文する必要があるのです。塩ラーメンと言われたら、塩ラーメンを持っていけますから。どうなりたいのか、何が欲しいのかを自分のことだけれど自分ではっきり知る必要があります。それを遠慮せずに欲しいと言う。そのためには、日頃から自分はどう感じるのかなど自分の心に目を向ける必要があります。そして、それを具体的に書いていくといいと思うのです。そうすると、なぜ欲しいのか手に入ったらそれをどのように使うのかそこに感情も生まれてきます。ワクワクしたり、ほっこりしたり。感情が出てくると、更にイメージもはっきりしてくるので願っていることが、より強く届くことになります。私は、書くことが好きなので、何年も前から願いを書いています。読み返してみると、思いのほか願いが叶っていることに驚いています。少しずつ願いの書き方もうまくなっています。願い方が不十分だったから叶わなかったのかと気づくこともあります。見比べるとよくわかります。なりたい姿を、くわしく書く、そうすると感情も出てくるので楽しみながら書くことができます。書くこと、これが、もう一つのコツかなと思います。今年になって願ったことが、最近、叶い始めています。おすすめです。

引き寄せのこと

今まで引き寄せしたことって何かなあと思い出してみたら仕事、結婚相手のイメージ、行きたい場所の情報などいくつかありました。引き寄せを意識し始めたのは、ここ数年。きっと前から、引き寄せを使っていたと思うんだけれどあまり思い出せません。引き寄せのことも知らなかったので、そうなるはずです。さて意識するようになってから、引き寄せだなあと思うことがあります。それは、飛行機が飛んだことです。数年前、東京に行く日、台風も来ちゃったという出来事がありました。一週間くらい前に台風は発生していたものの影響がない天気図でした。安心していたら、進路が変わり私が東京に行く日台風も関東に来ることになっちゃったんです。話が違うじゃないかと思ったけれど、こればかりはしょうがない。ということで、私がとった行動はまず、台風に、話しかけること。台風さんにも予定があると思うのですが、ちょっと東にずれてもらえないかと頼みました。次は、イメージ。台風が、関東から外れるコースで進む天気図とやっぱり台風さんは協力してくれたと言っているところです。それから、夫に「台風にお願いしたら、ずれてくれるって。だから東京に行けるよ。」となんの根拠もないけれどそうなった前提で話をしました。自信満々で。台風がずれたのは、自分の手柄のように。そして、あとは信じただけ。とはいえ、天気予報を見るとダメかもなあと何度も思いましたよ。だって科学的にデータで出された天気予報が台風直撃と言っているんですから。そのたびに台風に話しかけ、行きたい、いや行けるんだと何度も繰り返しました。旅行まで、何度もそわそわしていました。出発の何日前か忘れましたが、東京行けると確信した出来事がありました。何気にテレビをつけたら「飛行機が、ちょうど飛び立つところ」が映し出されたんです。あまりにびっくりしたのでなんの番組だったかは覚えていませんがこれは、行けるよという合図なんだなと思いました。東京に行けると確信しました。根拠はありません。でも、この根拠のない自信は、とても大事です。行けると思うから行けるとしか答えられないのです。そのときの天気予報は、もちろん台風直撃です。出発、前日に旅行会社から午前中の便なら飛びそうなので、変更しませんかと連絡が来ました。でも午前中は用事があったので、予定通り午後の便で行くことにしました。一瞬、不安になりましたが、行けるなら何があっても行けるんだと思って当日を迎えました。朝から雨がザーザー。でも風が吹いていない。電車も動いている。あとは飛行機が飛んでいるかだけ。飛んでいる。私たちの乗る飛行機は、飛べるけれどシートベルト着用サインが消えない可能性があるので、お手洗いを済ませるようにという搭乗前のアナウンスが・・・えーっ揺れるってことなんでしょ・・・恐ろしい、耐えられない。帰りたい・・・飛べるんだからいいじゃんと思ってみても、心はちっとも落ち着かない。ここでもイメージしました。えっ、もう着いたの。揺れなかったねえって。さすがに、ベルトサインが消えないかもってアナウンスが初めてだったので揺れるんだろうなあと覚悟して、いざ飛行機へ。実際は、どうだったかというと遅かったけれどサインは消えドリンクサービスもあり、揺れもしなかった快適なフライトでした。いつ揺れるのかとビビってはいましたが。望んだ通りになりました。おまけに午後からの便で行ったおかげで、羽田に到着したときは電車のダイヤが通常運転になっていました。だから、予定通りが、ベストなタイミングで完璧だったのです。ありとあらゆる神様に感謝をして、そのあとの旅を楽しみました。こうやって潜在意識に、自分はどうしたいのか何を望んでいるのか願いをしっかり伝える。そうすると、潜在意識は、その願いを宇宙に届ける。宇宙は、願いを叶えるために尽力している。願いを発した本人は、意識してよい気分で過ごす。叶うことを信じる。何かピンときたことがあれば行動に移す。引き寄せってあるんだあ。私にも起こるんだあと思えた出来事でした。私が、たまたまラッキーだった訳ではなく誰にでも起こる、当たり前のミラクルだと思っています。ただ、このような使い方は慣れていないので半信半疑なときはありますが何度もやってみることが大事かなと思います。さあ今日から意識して自分の願いを届けましょう。潜在意識や宇宙が聞いていますよ。

コップの水が半分のお話

コップに水が半分入っています。それを見てまだ半分あると思うか。もう半分しかないと思うか。私は、ずっと「もう」半分しかないと思っていました。だって半分減っちゃってんだもん。そのあとも何度かこのお話をいろんな本で見てきましたが自分では「もう」の方だと思っていたのでたいして気にも留めていませんでした。そうしたら、この前、この話をまた目にしたときに、あれっと思ったのです。私は、「もう」ではないと。私は、コップになみなみと水が入っている状態からちょっとでも飲み始めてちょっとだけ減っただけでもこれから、ちょっとずつ減っていくことを想像すると「あ~なくなる。なくなっていくだけだあ~。」と嘆くタイプだったのです。水が半分になる前から、だんだんなくなるであろうことを心配し悲しくなり嘆いていたのです。そうなると一口の量を調整し始めます。減らすのを遅くするには、どうすればよいか考えを巡らせます。一口、水を飲むたびに罪悪感だったり減る怖さだったりでいっぱいにしているので水を飲む楽しみや美味しさや感謝に思いを寄せることは、ほとんどなかった。感謝しているつもりになっているだけだった。この事実に気づいたときショックと言うよりは、すんなりと認められました。客観的に見ることができたんです。そうだそうだ、やってる、いつもやってるなあと妙に納得し不思議なことに、それを知れて、心は晴れ晴れとしました。そしたらね、こんな思いが湧き上がってきたんです。今の段階では、コップに水は半分だけれどもっと少なくなったり飲み干しそうになったりしたとき誰かが、「さぁさぁ、もうひとつどうぞ。」となみなみとついでくれるかもしれないし実は、右手にでっかいピッチャーを持っていて自分でつげるかもしれないし泉や蛇口から尽きることがない水をくむことができるかもしれないしなどなど考えたら、水の量が減ることを恐れる必要はないと感じました。自分で作った減るかもしれないという幻におびえていたのです。だったら、それよりも心おきなく水のおいしさを水を飲める喜びを水を飲めるありがたさを味わいたい。その方が嬉しいし、私の心は喜ぶと気づきました。これからは、ピッチャーでも泉でもなんでもいいんだけれどコップに好きな分だけ水を入れることができるとあるって認めるというのかな、決めるというのかな、設定する選択するというのかな、ちょっと表現方法は分からないけれどそういうことにする・・・と減ると思い込んでいた、なくなると思い込んでいた恐怖を手放すことができる。そうなれば、コップに水が入っているのかいないのかは関係なくなり目の前のものに出来事に集中でき、今このときに心を注げる。だって、水は、いつでもどこでもコップに入るんだから。入れられるんだから。まだ半分あるもう半分しかないまた注ぐなどなど・・・。どれを選んでもいいのです。ただ、どれを選ぶか選んでどうなりたいのかどうしたいのかを決める。自分で決めていいのです。

表現と自慢の違い

今年は、自分を表現しようと思っています。どんなことをしたのかどんなことができるのかなど。自分のやりたいことや好きなことを大事にする。自分の能力を発揮して、人さまにも喜んでもらいたい。そう感じたので、自分をもっと表現しようと思ったのです。そうすることで自分らしくいられるんじゃないかなとも思います。しかし、そう決意するもムクムクとある思いが出てきます。自慢しているように見られないか気になるのです。嫌味じゃないかなあって。もちろん、自分を表現することが自慢することとは思っていません。でも、いざ『自分のこと』となると二の足を踏んでしまうのです。なぜそう思ってしまうのか・・・子どものときのことを思い出しました。私が生まれ育った田舎町では、噂話と自慢話が多かった。どこの学校に受かったとか仕事は、どうだとかまあ、いろいろです。人が複数集まれば噂話を始める典型的な例です。そのくせ、子どもたちには、みんなと仲よく人の嫌がることはしないと言う。矛盾だらけで意味が分からない。子どもながらに、変だと思っていました。だから、私は人が集まって話をしていると悪口を言っているんじゃないかとインプットしてしまいました。だいぶ減りましたが、誰かの悪口でも言ってんのかと勝手に思ってしまうことがあります。それから自慢話。今、思えばですよ。自己肯定感が低いため、自慢話をして埋めようとしていたのかなって。それとも何気にやっていたのかな。噂話が刺激的だったのかな。そのときは、大人って楽しくないんだなと思っていました。マウンティングですね。仲がよいように見えても、違うメンバーが集まれば違う人の噂話。子どもながらに自慢話をする人は格好が悪い、自慢話をしてはいけないと思いました。いつしか差し障りのないことを話し、自分のことは詳しく話さないことにしていました。自慢話になるのを避けるためです。とは言いながら、自慢話をしていたこともあるでしょう。そんなときは、負けたくない、すごいと思われたいなど自分を大きく見せたいときにやっていたので格好が悪かったでしょう。でも、極力そうならないように用心していたので自分を表現することと自慢話の違いが分からなくなってしまったのです。とにかく自慢話に聞こえないように気をつけていました。混乱した子どもの頃の思いを引きずっていたのです。まさかブロックとは思いませんでした。長いことやっていましたから。今回、手放すチャンスが来ました。そんな中、こんなことを思ったのです。自分を表現するとは自分の好きなこと、得意なこと苦手なこと、失敗したことなどいろんなことをひっくるめて『これが私です』と言えることなのかな。自慢話とは不足に目を向け、それを埋めるためにやっているのかな。誰かと比べて上だとか下だとか。これが私です・・・なのか。不足から・・・なのか。迷ったら、どちらの思いなのかを自分に問うてみようと思います。いい悪いとジャッジすることなく『これが私です』を表現できる1年にしたいと思います。

2月になりました

ついこの前、「あけましておめでとう」と言ったのにもう少しで「福は内」がやってきます。早いですねぇ。こちらのブログ、ほとんど更新していないのにホームページを見に来てくださる方が増えました。ありがとうございます。とても嬉しいです。今日のお話は、「私のガイドのこと」です。アメブロにも書きましたが、先日、起業コンサルを受けてきました。何となく気づいてはいたのですが、詳しく知ることができ、更に繋がりを強く感じられました。気づく気づかないに関係なく、誰にでもガイドはいます。困難な状況にいるとガイドなんているはずないと思ってもです。私は、そう思っています。もちろん、そう思えないもOKです。ガイドは、何でもかんでもやってくれるわけではありません。私たちは、いろいろな感情を味わったり、経験したりして魂を輝かせるからです。たとえAの道がベストだとしても、本人がBがいいといえば選べます。この世は、自由意思だからです。ガイドは、気づいていないときから、たえずサポートしてくれていました。本人が自分を信じられていないときでさえ、ガイドはあきらめることなくそばにいてくれるわけですから、愛そのものです。私のガイドは、ネイティブアメリカンのシャーマン、メディスンマンと言うのかな儀式をしたり祈祷をしたりする人でした。前世からの繋がりです。物凄い力を持っていました。サロンを始めてからは、その方と一緒にやっているのは分かっていましたがしかし、それをみなさんに知ってもらうことが怖くて、あまり言っていませんでした。気のせいかもしれないという自信のなさ変な人だと思われたらどうしようという恐怖そして、能力があったばっかりに辛い思いをした前世の記憶などがあったからです。ヒーリングの先生が見たガイドの姿と私が見ているガイドの姿が一致し更に、繋がりを強く感じたので、これから、どんどん話していこうと思います。先生曰く、ネイティブアメリカンのその方は、アセンションしたそうで人間とはまた違う存在になったそうです。昔から、相談されることが多く学校で働いているときも心の内を打ち明けられることが多くありました。話してよかった。すっきりした。思いが整理できたなどと言っていただいていました。その頃は、気づいていませんでしたが、ガイドと一緒になって話を聞いていたようです。だから、チャネリングやリーディングを習い始めたころ、ガイドと繋がるには・・・とやってみても、いまいち分からなかったのです。どんな感じなのか、よくわからなくて。繋がろうとしなくても、昔から一緒なのだから当たり前すぎて繋がる感覚が分からなくても当然だと気づきました。日本語を話しているのに、日本語を話すには、どうしたらいいんだ・・・とやっているようなものですから。サロンでお仕事をしていても、そのときは何を話しているのか分かっているのですがあとから、こうでしたよねとか、心に響きましたなどと言っていただいても覚えていないことがあるのです。ガイドと一体化して、チャネリングをしているからなんだそうです。大丈夫かなと気になっていたので、それを聞いて安心しました。先生と話をしているとき、ガイドと一体化すると目が白くなっていたそうです。体の周りも、ぼや~んと白くなっていたそうです。エネルギー的にです。けして白目になっているわけではありません笑(^^;)そういえば、2017年後半、いろんなことが閃いているとき目の雰囲気がいつもと違うなあと思うことが何度もありました。疲れてるのかなあと思っていましたが、ガイドと繋がっていたのでしょう。どんどん出すことが大事だというのでこれから、折に触れてガイドから受け取ったメッセージなどもブログに書いていこうと思います。サロンに来てくださった方が、ブログを読んで下さる方が自分の幸せを見つけどんどんハッピーになっていくこと。唯一無二の自分のよさを認め、いろいろな経験をして魂を輝かせること。ゆったりとした時間を過ごしていただくこと・・・などなどそうなっていったらいいなあと思っています。そのために、ガイドとの繋がりを私の個性の1つとしてサロンのお仕事で活かしていきます。どんどん出して私もどんどん受け取って幸せの循環がぐるぐる回りますように。

2018年

あけましておめでとうございます。2018年が始まりました。なんだか感じるエネルギーが変わったような気がします。外に目を向けると世の中には、たくさんの情報があり好きなものが見つかったり分からないことを調べることができたり便利でよいことがたくさんあります。そんな中で忘れられがちなのは心の深いところにある自分の思いです。インスタ映えしないかもしれないけれど静かで地味かもしれないけれどついつい後回しになっちゃうことが多いけれどとても大事です。これを無視し続けたり、ないがしろにしていると頑張っているのに報われないとか自分の好きややりたいことが分からないとかどこに向かっているのか分からなくて不安だとかなんだか、おかしいぞって思いで毎日を過ごすことにもなりかねません。2018年は、心の深いところにある思いに注目してみるのはいかかでしょうか。一見すると遠回りに感じられるけれど自分の心を自分を大切にすることが人生を更に豊かにするのではないかと思うのです。自分が満たされると、周りの方たちのためにもなるのかな。始めは、怖いかもしれませんが・・・人と違っていてもよいではないですか。みんなに賛同してもらわなくてもよいではないですか。もう他の人の許可はいりません。自分に許可を出しましょう。自分は幸せになってよい。たくさん楽しいことを経験してもよい。自分を大事にしてもよい。苦労しなくても受け取ってもよい。などなど、ご自分のしっくりする言葉で。ひとりひとりが楽しく幸せに喜びを今この瞬間、感じられたら。どこを見ても、どっちを見てもあらっ、みんなが幸せになっていたら。どんなことになるでしょうか。なんだか楽しみです。みんな幸せなら個性がでない・・・刺激がない・・・それは、心配しなくても大丈夫ですよ。だって、好きなものも好きの度合いも得手不得手も欲しいと思うものもそれぞれ違うから。周り人を見たら、そんな楽しいことあるんだって発見があるはず。仮説だけれど、自分が満たされて、ゆったりした気持ちで周りを見た方がたくさんよいところやおもしろいと思うものが見つかるかも。だって、誰かから奪われるんじゃないかという心配もないしね。ここでの満たされた自分って、完璧な自分ってことではなくて好きなこと、嫌なこと、得手不得手、うまくいくこと、失敗することブラックなところもある・・・などなどいろんな自分、そんな自分をひっくるめて自分と認めること。自分の中から湧き出てくるもので自分を満たして周りにもお福分けしていく。自分もお福分けをもらって、更に視野が広がる。そんなハッピーな循環ができたら楽しいだろうなあ。

自分から発するものに気をつけよう

とてもいい人なのに、なぜよくないことが多く起こるのだろうと不思議でならなかった私。人を思いやり、自分のできることは率先して行う。そのような人ほど幸せになって欲しい、なるべきだと思っていました。もちろん、今でも、そう思っています。ご本人が幸せなら私が言っていることは勝手なことで余計なお世話なのですが話の端々から、ご本人も幸せだと思っていないのではないかと感じられました。そのとき、世の中って不公平だなと思いました。なんでかなって。あるとき、その理由がわかったのです。ずっと前、その方のお話をじっくり聞く機会がありましてそのときに気づいてしまったんです。口から出てくる言葉、醸し出されるエネルギーが、ネガティブ過ぎてこれでは、嬉しくないことを引き寄せてしまうだろうということに。ご本人は、嬉しくないことを願っている訳では決してありません。頭が下がるほど一生懸命、日々を過ごしています。だけれども出てくるのは、根強いものばかり。例えば、子どものときから自分ばかり我慢することが多かった。譲ってばっかり。あんなに手伝ってあげたのに、自分のときはたいして助けてもらえなかった。旦那さんが安定した職業に就いているから偉そうにするんだ。などなど、出るわ出るわ。どんどん出るのはいいことだなあと思いながら聞いていました。出尽くした後、客観的に自分のことをどう思うかが大事だと思ったので。結局、自分のことを後回しにし続けて大事にしてこなかったがために嬉しくないことが起きてしまっているのではないかと思うのです。嬉しくないと思われる現象ですね。宇宙的に言うと、いい・悪いはないようなので。自分の気持ちを無視し過ぎですよ本当に楽しいですか自分の人生を歩んでいますかとその都度、確認のために出てくる現象なんだと思うのです。そのように立ち止まるチャンスが来ていても他人優先になり過ぎていることが、常だとまさかそこに原因があるとは思わないからまた、やり続けてしまう。そして、嬉しくないと思われることが、また起こる。このサイクルが繰り返されてしまうのです。人のために何かをするって素晴らしいことです。人のために・・・を否定しているわけではなく周りの人のせいや環境のせいにしたり人生ってこんなものと自ら諦めてしまったり自分の本来の歩む道から外れてしまうことがとても、もったいないなあと思うのです。だって、元々、人を思いやる心をお持ちなんですから相手を思いやるのと同じくらい自分を大事にしたらもっと幸せを感じられて、本来の才能も発揮されて結果的には、周りの人の幸せにも繋がると思うからです。人の幸せのためなら自分の幸せは減ってもいいとか自分が幸せになるためなら周りの人が、不幸せになってもいいなどどいう二者選択ではなく、自分もみんなも、それぞれの持ち味を活かしそれぞれの幸せを味わう人生になれたら素敵だと思います。それは、可能だと私は思います。小さい頃から人のために・・・と言われて育ちます。そのように行動すると褒められてきました。だから、自然と身についています。素晴らしいことですが、何事もバランスです。何だか上手く物事が進まない気がするとか自分ばかり損した気になるとか自分の好きなことが分からないとかそんな感情が沸き上がって来たら自分のことを後回しにし過ぎていないか外の環境のせいばかりにしていないか嬉しくないサイクルになっていないか自分から発している言動を注意深く観察してみましょう。きっと何かに気づくはずです。すぐに気がつかなくても焦らずに、ゆっくり観察しましょう。自分だけの楽しいや幸せを感じられる道に戻れるはずです。幸せのサイクルになって、それが広がってみんながどんどん幸せになったら最高ですね。

なりたいのは・・・職人さん

『職人さん』に憧れています。職人さんというと伝統工芸などを作るのでサロンのお仕事とは関係なさそうですがでも職人さんになりたいと思っています。意味をWikipediaで調べてみました。自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のことである。デジタル大辞泉より『職人気質』職人に特有の気質。自分の技能を信じて誇りとし、納得できるまで念入りに仕事をする実直な性質。私がイメージるしているサロンのお仕事はどちらかというと職人気質の方が、しっくりくるのかな。1つのことを黙々とやり続ける。自分の腕1つで、伝統や自分の役割を果たすべく黙々と守り、時には新しいものを取り入れ、広げていくその感じに憧れているのかもしれません。この職人さんになりたいとこの前のブログで書いた道具になりたいが実は、繋がっていると思うのです。道具となって、その役割を黙々と楽しんでやりたいんです。だから、道具になりたいんです。これが、私の中で職人気質=道具という感覚になりました。ガイドたちの言葉を伝える通訳やラジオみたいな感じだったり。癒されたいときは、エネルギーを通すただのパイプだったり。必要であれば、空気みたいに存在を消してもいいと思っています。ただ、目の前の方がよくなりたい変わりたい癒されたいなどと思ったとき応援したり励ましたり寄り添ったり道案内をしたりきっかけを作ったりそんな便利な道具になりたいのです。目の前の人いてくれるからこその道具。だけれど私という一点ものの道具。道具として徹底的に自分のよさを活かしていきたいと思っています。

静かな心で感じること

静寂の中の力強さ。凪のように穏やかなのに大きな動きを感じるとき。これらは、相反するように見えて、私の心の奥底で感じていることです。過ぎゆく時間の中で、さっと通り過ぎてしまう感情や思考とは違い魂で感じているからだと思います。それは、お客さまが知らせて下さる素敵な変化を聞いたときやご予約を頂いたときに感じることです。その勇気、決断に感動します。お客さまが、ご自身で決めて行動して下さるおかげです。初めて利用するサロンに予約するときの気持ちを考えるとありがたいと感動します。一歩踏み出す、そのエネルギーに人の持つ強さと底知れぬ可能性を感じます。サロンを始めてよかったと思う瞬間でもあります。私は、このためにサロンを始めたのかもと思います。自分の人生を創造していけるのは、自分しかいません。ですから、お客さまの日々の変化は、ご自身が起こしたこと。初めてのご予約をしてくださるお客さまも変わりたい、よくなりたいの気持ちに素直に行動する素晴らしさ。変化のタイミングや進み具合は人それぞれですが自分で決めて動き出したら、よいタイミングでよりよい変化が起こるに決まっていると私は信じています。だから、その大事なときに、私のサロンを選んでいただけることが嬉しいのです。私は、自分にできることを精一杯、楽しんで、ワクワクしてお手伝いさせていただきます。私が、力尽くでなんとかしようとは思っていません。お客さまの持っている力がさらに引き出されるよう私は、道具の役目を楽しんで果たしたいと思っています。『道具』になりたいについては、今度のブログでお話します。サロンの名前の通り『素敵なご円(縁)』に感謝します。