与えることが苦痛なとき

ギブ&テイクとは言うけれど

まずは与えることと言うけれど

先に出すことが苦痛に感じたり

プレッシャーに感じたり

めんどくさく感じたりするのなら

それは、自分が持っている与えるの

イメージがズレている可能性があります。






与える=自己犠牲になっていないか

確かめてみるといいですね。






大人たちは

人の役に立つこと

困っている人を助けることは

すばらしいとは教えるけれど

自己犠牲しないやり方は

教えてくれない。

大人たちこそ

その違いを理解していないからだろう。

だからどこかにしわ寄せが行ったり

ウソっぽく感じるのかなとも思う。






これだと、いつになっても

新しい顔にならないアンパンマンと同じ。

力が出ない。

そのうちアンパンマンかどうかさえも

わからなくなるでしょう。






自己犠牲は

まさしく自分を犠牲にしていること。

ほんのちょっと、一時ならまだしも

慢性化してしまうほど続けていれば

心も身体も辟易する。

自己犠牲は、美しくないのです。






ならば

本来の与えるはなにかというと

自分ができることで

誰かやなにかの役に立ったり

喜んでもらったりすることです。






無理や我慢はしないけれど

作り過ぎちゃったから

よかったらどうぞっていう

お裾分けとよく似ていると思う。






そういうのって

日々の暮らしを通して行われ

循環していくので

経験になったり

試行錯誤し

新たな気づきをもたらしたり

エネルギーになったり

実は、自分のためにもなっている。






そういう視点から見れば

美しいのではないだろうか。

人生まるっこ、おもしろ、おかしく好きに生きる♪

日々の暮らしの中で見つけた おもしろかったこと おいしかったもの 気になること 心のこと 身体のこと 目に見えない世界のことなどを ゆるりと綴っていきます。

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